Sherry Kramer来日
初日開幕を3日後にひかえ、アメリカから『素晴らしい事が終わるとき』の作家シェリー・クレイマーさんが来日され、稽古に参加されました。アメリカで初演された時には2時間以上におよぶ一人芝居を自ら演じられた伝説のオリジナルキャストに初披露とあって、役者の皆さんも緊張気味。しかしもっと緊張していたのは演出の工藤千夏さんと制作チームのスタッフでしょう。
今回の舞台は、今のアメリカ劇作家の生の声を日本の観客によりなじみやすく伝えるために、かなりの脚色や、時にはリーディングの域を超えた演出が加えられています。シェリーさんは自分の作品やリーディングという形式には強いこだわりを持っているでしょうから、今日の稽古如何では「これは私の作品じゃないわ」と怒ってアメリカに帰ってしまうかもしれないのです。制作チームもついチラッチラッとシェリーさんの顔色をうかがってしまうというもの。
かくしてシェリーさん、プレイライツセンターのポリー・カール博士、そしてアーツ・ミッドウェストの吉田恭子さん立ち会いのもと、通し稽古が始まりました。先日の舞台稽古で何かを掴んだのか、はたまたシェリーパワーか、役者さんたちの演技(もはや語りの範疇ではありません)は見違えるような迫力と叙情性を帯びています。大崎由利子さんの理性的で、それでいて親しみやすい口調にはますます臨場感が増し、まさに「女性作家シェリー」が乗り移ったかのよう。申瑞季さんは様々な声色を使い分け、時にはコミカルな「顔芸」で客席を和ませます。工藤倫子さんは、演出家が「あの子台詞全部覚えてるんじゃないかしら」と呟くほど、あの膨大な台詞を髄から自分のものにしているのが分かります。件の人名もなんなくクリア。
(c)Hidemi Shinoda
リーディングという形式で、しかも一見難しい話題を扱った戯曲が、こんなにもエキサイティングな舞台になるなんて。実は私は稽古場付の丁稚奉公としてストーブの燃料を足したりアメリカからのゲストのケアをしたり細々と仕事があったのですが、思わず稽古に見入ってしまい、みなさんをストーブの燃料が切れた極寒の稽古場にさらしたうえに、あまりの寒さに稽古を中断させる、という失態までおかしてしまいました。でも、それだけ引き込まれてしまったのです。3人の役者の息もぴったりと合って、まさにそこには「3人による一人語り」が実現していました。
あっという間に最後の一行まで通し終わり、余韻に浸っていた私は我にかえりました。そう、問題はシェリーさんの反応です。一同は固唾を呑んでシェリーさんの様子をうかがいます。
果たして、シェリーさんの表情は晴れやかでした。ポリーさんと吉田恭子さんからも盛大な拍手が。「本当に素晴らしかったわ。演出は明瞭で工夫に富んでいるし、女優たちの語りも素晴らしい。私は日本語が分からないのに、役者たちの台詞は全て理解できたわ」と大絶賛してくださいました。原作者のお墨付きをいただいて演出家も制作チームもひと安心。
演出家や役者さんの技量もさることながら、一人のアメリカ人女性の生きた声を偽りなく伝えようという、誠意と心意気が通じたようです。実は役者さんたちは毎回、稽古開始の1時間以上前から集まって、自主稽古やディスカッションを重ねていたのです。その努力が実を結んだ会心の舞台に、演出家も「今日の出来で十分、お客様にお見せできるわ」と太鼓判。
しかし。
役者というのは、本番になると稽古場では見せたこともないような底力を発揮する生き物。「素晴らしいこと」は、終わる時まで進化し続けます!
舟川絢子