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〜六ヶ所村報告4〜大平洋  阿部初美

17:30に「同僚」氏に迎えに来てもらって車に乗る。
窓の外に、海が見えた。大平洋だ。まだ外は明るい。
ホテルに戻ったら海まで歩いてみよう、と思った。
ホテルにに戻って荷物を置いて、時計をみると午後6時。夕食まであと30分。海に30分散歩に行って帰るとちょうどいい時間だった。
たぶん海までは歩いて5分くらいだろう、そう思って歩きはじめた。
ところがこの5分が予想以上に長い。
後ろから前から時おり車が通りぬけていく。路の両側は林になっていて、人工物はない、つまりもし、一台の車が止まってドアが開いて、連れ去られたとしても、助けを呼ぶすべがない、ということだ。もちろん携帯もない。急に怖くなった。どうしたら、行き交う車の運転手に関心を止められずに海まで辿り着けるか、とっさにあれこれ考えた。
1,怖い顔をして歩く、2,運動をしてるフリをする、3,走る。全部やりながら歩いて、やっと海が見えるところにたどりつく。つかれる・・・。
波が荒い。道もない。工事中のところの土を歩きながら海の方へ、林の中を入っていく。いきなり「がけ」が現れて行く手をはばまれる。もう一度引き返してさらに奥へ。今度はゆるやかな「がけ」。降りていく。
やわらかな赤い土と雑草を踏みながらさらに海への接近を試みる。
急に足元がぬかるみに変わる。ここまで来たからには後戻りはできない。
と、できるだけ雑草の生えたところを、水たまりを避けて進む。紫とピンクを足したような、鮮やかな花がたくさん咲いていた。うれしい。もうひといき。


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いよいよ浜辺に出る。野生の海だ。波が高く荒れている。今にもこっちに襲いかかってきそうだった。津軽三味線の音を思い起こさせる。しばらく立って津軽三味線を聞いていた。
足元に目をやると、小さな美しい貝殻が無数に落ちていた。
ついでにペットボトルやらのゴミ。拾いあげてみると確かにハングルの文字が見える。ゴミを戻して、小さな貝殻拾いにしばし夢中になる。
この海や貝殻も汚染されてるだろうか・・・。でも「六ヶ所村ラプソディー」の映画に出てきたイギリスの再処理工場近くの海が汚染されて、海産物が食べられなくなるまでに数年を要したはず。再処理施設が本格的に稼動しはじめてしまったらいずれこの海もそうなってしまうだろう。でもきっとまだ大丈夫。そう考えながら小さな貝を拾った。
貝は波にあらわれてどれもエッジがまるくけずられていた。
最後に例の花も2、3本摘んで引き返した。あのちょっと怖い殺風景な部屋に飾ったら少しは明るくなるかもしれない。
来た道を、またいろいろ対策を実行しながら、長い長い5分を緊張して歩いてやっと宿にたどりつく頃には、陽もだいぶかげっていた。
部屋に貝殻を置いて花をいけてから下のおくまった食堂に降りていく。
食堂は、セルフサービスのバイキングになっていた。煮物やら、揚げ物やら、たくさんのおかずが並んでいた。
食堂には若い男の子がひとり、もくもくと下を向いて夕食を食べていた。
話すきっかけがないだろうか。少し近くに座ってみよう。
そう考えながら、並んだおかずを少しずつ、食堂のおばちゃんの指示にしたがって、集めていった。

(つづく)

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もくじ
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mark_rabia 『これがぜんぶエイプリルフールだったなら、とナンシーは』
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