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人が人のためにした  映像スタッフ:須藤崇規


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朝10時過ぎに大荷物をもって学校に着いたときにも震えていた。東京より寒い青森にいたから東京に戻ってきたら暖かい、ということはなく、上着を着たままビデオカメラの掃除をしていた。ロケ中もかなり気をつかってはいたけれど、何回も雨の中で撮影をしたし移動中の車の中ではレンズをしっかり拭くこともできなかったから、寝る前に毎日しっかりメンテナンスしていたが、寝床の牛小屋はほこりが多い。カメラにとってはとても過酷なロケで、その分ゆっくりカメラを掃除しようと思い、ゆっくりとレンズをふいていたら日曜日な気分になって、頭の中ではくるりの『男の子と女の子』が流れていた。牛小屋でも『男の子と女の子』は流れていて、ボクが小屋に入ったときにそこにいたのは、木材を切ってる男の子だった。
六ヶ所村についたときは『六ヶ所村ラプソディー』で見た台所や、年とってあまり動かない猫や、二重窓とか、いろんなレベルの懐かしい過去があるから基本異世界で、その異世界感はロケでいろんな場所に行ったり、原発や再処理工場について考えている人について考えたりすることで日に日に増していき、つまりボクにとって夜行バスはほぼタイムマシンだったのだが、『男の子と女の子』を聞いている男の子の存在は、なんというか、時間も場所も文化も生活も地続きなんだということの、一つの証拠になるかもしれない。

演出の阿部さん、俳優の福田さんとボク、六ヶ所にはこの三人で行った。三人とも結構たばこを吸うのだけど、家の中では吸えないから外で吸うことに自然になっていて、しかもどうやらこの家を訪れる人の中では一番たばこを吸う一行だったらしい。ボクはたばこがないと生きれませんというほどではないし、昔は煙が耐えられなかったこともあるから、喫煙スペースがどんどんなくなっていっている状況に対しては別にいいと思っているけれど、「たばこなんて体に毒なだけだからやめてしまえ」と喫煙者や喫煙に対して怒りを持っている人を見ると、ちょっとうなってしまう。このことと六ヶ所村の村中のスピーカーから朝6時と夜8時に音楽がなることの関係について、集団の中での個の扱い方についてと言い換えることもできるかもしれないなと思いながら、朝の七時の東京駅でロケを終わりを祝って三人で話していたら、もう一つ、「そういえば」と思った。
そういえばボクは社会的問題を扱った劇を見た事はあるけれど、社会的思想をメッセージとしてぶつけてくる劇は話できいたことはあっても見た事がない。ある問題や思想を自分と関係づけて考えることができない限り一回限りの催しで終わってしまうし、実際ボクは六ヶ所村に4日間滞在して、その間いろんな人が切実になっている様や真剣に悩んでいる表情を見て、その土地の放射能が多いかもしれない空気を吸っていたし、その土地でとれた野菜や魚をたくさん食べておいしかったけれど、やっぱり自分と関係づけることがほとんどできていないし、つまりはほぼヒトゴトだと思っているということだが、これはボク以外の人でもそうだろうと思ってはいても、どこかもやもやしたものが、とてもある。夜、ときどき電気をつけずに蝋燭を使うのは、単なる罪悪感や責任感の類の気持ちからやってるわけではなく、そのもやもやの所在をはっきりさせようとしていたり、もやもやした気持ちがなくなってしまうのが恐ろしいと思うから。

六ヶ所村では朝6時、正午、夕方5時、夜8時に村中のスピーカから音楽やチャイムがなり、朝6時は起床、夜8時は消灯、ということらしいが、ボクはこのペースで生活することはできなくて、朝は8時か9時くらいに起き夜は9時か10時くらいに寝ていて、普段寝るのが朝の4時くらいだから、8時間くらいずれていたことになる。そのことを青森駅発の夜行バスを待つ間にガストで話していたら、一緒の日程で滞在していた女性が「1日の1/3だったら時差ボケですね」と言って、これは計算上はもちろん合っているけれど、24時間というサイクルを前提に1/3と言うことと、24時間を念頭におかずに8時間というのには、生活の感じ方に違いがあるように思って、ボクはこういうことにおもしろさを感じるし、感じたことの原因になった言葉や1文は覚えていることになるけれど、映像で覚えていることもかなり多い。19日の朝、野辺地駅でその女性と初めてあったとき、艶のある通る声で「こんにちはー」と言った彼女の声と息の白さと帽子の白さと晴れた空、あと思ったより寒くないと思ったことは、いまはまだ鮮明に思い出せて、その映像は自分の眼ではなく想像上のカメラの位置から撮られている。

牛小屋は暖房がなく、だから掛け布団を三重にして寝ないとならないが、とても重い。滞在場所の家の母屋の猫たちは寝てばっかしで、それは14歳だからかもしれないし、一匹については片目が見えないからかもしれない。でも、猫たちはいちばん暖かいところを知っていて、寝るときはそこで寝る。あまり、人間がしないことだ。


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2006年11月23日 22:47
(加筆・訂正 2007年2月16日)

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