「コーラン」から彩り鮮やかな詩的世界を紡ぎ出す―――イルホム劇場
「エヴゲニー・オネーギン」「ボリス・ゴドゥノフ」などオペラにもなった名作で有名なロシアの文豪プーシキン。そのプーシキンが、イスラムの聖典コーランに触発されて長編詩『コーランに倣(なら)いて』を書き、中央アジア・ウズベキスタンのイルホム劇場がこの詩に基づいて舞台を作ったというので興味をそそられた。同劇場の初来日公演にあたり、3月4日、松本市の「まつもと市民芸術館実験劇場」で上演された舞台を見た。
全体の印象は、イランやトルコなどシルクロード特産の、彩り鮮やかな模様で織り上げたオリエンタル絨毯を見たという感覚が強烈に残った。プーシキンのロシア語詩、コーランから引用されるアラビア語、ウズベク語の詩歌で紡いだ詩的なテクスチャーに、ビデオ映像、歌と楽器のライブ演奏、ダンスなどが複合的に絡み合った刺激的なマルチメディア・パフォーマンスになっている。伝統だけでなく、音楽や身体的な動きに近代都市のたたずまいが加味されて、時間的な深みも感じさせる。それでいて内容は、イスラムの価値観が支配する社会での人間の原罪、神と人間のあるべき姿、宗教的寛容の問題を問い直す神学的な思考作業が作品の中核にある。
映画作家でもある詩人が、ビデオカメラで映画の撮影をするという設定をとり、預言者、偽預言者、中年の男、普通の女、ナイトクラブの女、初舞台の女優といった人物が登場する。プロローグで、「心の渇きに苦しめられ、私は暗い砂漠をさまよっていた」という詩句を登場者それぞれが、思い思いの語り口で話す。この後、第1景(スーラ)の「メッカへの道。誘惑」から第9景までと続き、エピローグ「(神を)忘れるな」で終わる。
舞台後方に6枚の可動式パネルがつるされ、舞台上には鏡が付いた三角形の台が二つと椅子一つくらいしかない。預言者とおぼしき男が、台上に横たわり、心臓がえぐられている。パネルには、切開手術中の心臓がアップで映し出され、ドク、ドク、ドクと激しい心拍音をたてている。「天使は剣で私の胸を切り裂き、震えおののく心臓を取り出すと、炎をあげて燃えさかる石を、口を開けた胸の中に押し込んだ」というプーシキンの詩が唱えられる中で演じられるのだが、神の聖霊をうけとる聖なる儀式のように見える。
この作品の初演は2002年2月。二年余にわたる制作過程の終盤で、2001年9月に米国で「9・11事件」が勃発した。イスラム保守派からはコーランを舞台にのせること自体の是非を糾弾され、反イスラム派からはテロとの関連づけをされて批判される事態に直面したという。しかし、旧ソ連時代、「不同意の演劇」と呼ばれたイルホム劇場の芸術監督で演出家のマルク・ヴァイルはこの圧力に屈しなかった。
舞台を見ると、確かに問題になりそうな個所がある。第3景「預言者の妻たち」など女性を取り扱っている場面では、男が女性にベールや着物をかぶせて隠そうとするほど、パネルには女性の衣服がはぎとられ裸になっていく映像が映し出される。その対照的な描き方が面白いが、女性を蔑視的に扱う宗教観に対し、裸体によって女性本来の美しさを強調するのが狙いである。もう一つは「信仰の戦士」をテーマとした第7景。イスラムでは「戦で斃れた者は幸いだ、楽園に召されるからだ」と聖戦(ジハード)での殉教死を説いている。イラクなどでの米軍に対する自爆テロはこうした信仰に基づくものだが、これに対し、死は結局、単なる死にしか過ぎないという懐疑的な見方を示しているように見える。
『コーランに倣(なら)いて』は初演後、海外では2002年5月にドイツの「ルール芸術祭」に招かれ、モスクワや米国ではロサンゼルスなど数都市で上演している。けれども国によっては、企画した主催者が国内のムスリムに配慮し上演を敬遠することもある。
イルホム劇場は、演出家マルク・ヴァイルが1976年、タシケントに創設した独立系のロシア語劇団。アラビア語の「イルハーム」に由来するイルホムは「インスピレーション」を意味する。ヴァイルは1952年タシケント生まれ。サンクト・ペテルブルクのボリショイ・ドラマ劇場のゲオルギー・トフストノーゴフ、モスクワのタガンカ劇場のユーリ・リュビーモフのもとで演劇を学び、ウズベキスタンに戻った。
ウズベキスタンがソ連から独立する動きが高まった時、タシケント市内ではロシアの文学者ゴーゴリやゴーリキーらの像が破壊されたが、プーシキンの像は破壊を免れた。プーシキンはモスクワの名門貴族の出だが、母方の祖父がピョートル大帝に寵愛されたエチオピア人奴隷で、非ロシア系の血が混ざっていたことが、親近感を呼んだのかもしれない。また、タシケントには世界に5つしかないコーランの原本(羊皮紙)の一つが残されているということで、コーランをテーマにした舞台を作るべきお膳立てがあったのだ。
この舞台を制作した背景には、ソ連崩壊後のウズベキスタンのアイデンティティーを考えるという動機があった。ウズベキスタンの宗教は、イスラム教の中でも世俗的性格が強いスンニー派が多数派を占めている。政治の方は、1990年に共産党第一書記だったカリモフが大統領に就任し、そのまま長期政権が続いている。中央アジア五カ国の中でも人口は2700万人と最大で、首都タシケントは約300万人が居住する大都市だ。政情は比較的安定しているが、過激派イスラム武装組織の反政府運動も活発で、将来、テロ活動が拡大する懸念はぬぐいきれない。
ウズベキスタンは歴史的に東西文明の十字路に位置する。国内にはチムール帝国の首都だったサマルカンドがある。イルホム劇場の現在の団員は、ロシア系を中心に、ウズベク系、ウイグル系、朝鮮系などさまざまな民族から構成されている。演出家のヴァイルという姓が、ドイツ系のようなので聞いてみると、ナポレオン戦争の時にロシアにやってきたドイツ人が家族のルーツだという。演出家は「コーランは偉大なる歴史、文化の一部で、素晴らしいアイデアが盛り込まれている」と認めるが、「国民すべてに通用するアイデンティティーを探すのは不可能だと思う。それよりも、人間とは何かを理解すること、互いに憎しみ合わず笑うことの在り方を求めることが大事だ」と指摘する。世界的にも複雑で独自性のある文化・地理環境の中で、ものごとを眺める座標軸にぶれがないことが、質の高い舞台作りにつながっているといえる。
河野孝(演劇ジャーナリスト)
